ヘリコバクター・ピロリ菌
1. ピロリ菌とは
ヘリコバクター・ピロリ(学名:Helicobacter pylori)、通称「ピロリ菌」は、胃の粘膜にのみ生息する細菌です。強い胃酸の中でも、自ら作り出す「ウレアーゼ」という酵素で周囲をアルカリ性に変えることで生き残ります。
ピロリ菌の感染のほとんどは幼少期(5歳以下)に起こります。日本では主に家族内(とくに親から子)への感染が多く、衛生環境が整っていなかった時代に幼少期を過ごした世代(現在50歳以上)に感染者が多い傾向があります。若い世代では感染率が低下していますが、ご家族に感染者がいる場合には注意が必要です。
一度感染すると、除菌治療を行わない限り、自然に菌が消えることはほとんどありません。
2. ピロリ菌に感染するとどうなるの?
ピロリ菌に感染すると、胃の粘膜に慢性的な炎症(慢性活動性胃炎)が起こります。この状態が長く続くと、胃の粘膜が薄くなる「萎縮性胃炎」へと進行し、さらには胃がんにつながることがあります。
⚠ ピロリ菌感染が関係する主な病気 ▶ 慢性胃炎・萎縮性胃炎(ほぼ必ず起こります) ▶ 胃潰瘍・十二指腸潰瘍 ▶ 胃がん(胃がんの原因の約99%にピロリ菌が関係するとも言われています) ▶ 胃MALTリンパ腫(まれな胃の腫瘍) ▶ 胃の過形成性ポリープ ▶ 特発性血小板減少性紫斑病(血小板が減る病気)
ピロリ菌に感染していると、感染していない人と比べて胃がんになるリスクが大幅に高くなることが知られています。胃がんが心配な方は、まずピロリ菌の有無を調べることが大切です。
3. ピロリ菌はどうやって調べるの?
ピロリ菌の感染を調べる方法はいくつかあり、大きく「内視鏡を使う方法」と「内視鏡を使わない方法」に分かれます。患者さんの状態や内服中のお薬の種類、検査設備などによって最適な方法を選びます。
内視鏡を使わない方法 ◆ 尿素呼気試験…薬を飲んで呼気(息)を採取する方法。精度が高く、侵襲が少ないため広く使われます。 ◆ 便中抗原検査…便の中のピロリ菌の成分を調べます。 ◆ 血液・尿検査(抗体検査)…血液や尿でピロリ菌に対する抗体を調べます。
内視鏡(胃カメラ)を使う方法 ◆ 迅速ウレアーゼ試験…胃の組織を採取してその場で判定します。 ◆ 組織鏡検法…採取した組織を顕微鏡で観察します。 ◆ 培養法…採取した組織で菌を培養します。抗菌薬の感受性検査にも使えます。
⚠️ 胃薬(プロトンポンプ阻害薬・P-CABなど)を服用中の場合、一部の検査(尿素呼気試験・迅速ウレアーゼ試験など)では正確な結果が出ないことがあります。検査前に服用中のお薬を必ずお知らせください。
🏥 当院での検査について ▶ 初回診断(感染の有無を調べる)…主に血液検査(抗体検査)で行います。採血のみで検査できる手軽な方法で、胃薬(PPI・P-CABなど)の影響を受けず、偽陰性(本当は感染しているのに陰性と出てしまうこと)が少ない信頼性の高い検査です。 ▶ 除菌判定(除菌できたかどうかの確認)…主に便中抗原検査(便検査)で行います。尿素呼気試験と比べて服薬終了後より早い時期から判定できる利点があります。ただし胃薬の影響を受けるため、当院では服薬終了後8週間程度を目安に実施しています。
4. 健診で指摘された方へ:胃がんリスク層別(ABC分類)とは
一部の健康診断では、血液検査で「ピロリ菌抗体」と「ペプシノゲン(PG)」という2つの値を組み合わせて、胃がんのなりやすさを4段階(A〜D群)に分類する検査(ABC検診・胃がんリスク検診)が行われることがあります。
⚠️ 当院ではABC分類に用いるペプシノゲン(PG)検査は実施しておりません(保険適用外のため)。健診でABC分類の結果をお持ちの方は、その結果をご持参のうえ受診いただくと、今後の方針についてご説明できます。
(図:ABC分類の概要。当院ではPG検査は実施しておりません)
📋 ABC分類の各群について A群(低リスク)…ピロリ菌に感染しておらず、胃の粘膜も正常です。胃がんリスクは最も低い状態ですが、定期的な検診は引き続き大切です。 B群(やや注意)…ピロリ菌に感染していますが、胃の萎縮はまだ起きていません。除菌治療でリスクをさらに下げることができます。 C群(要注意)…ピロリ菌感染に加えて、胃粘膜の萎縮も起きています。積極的な除菌と、年1回の胃カメラが推奨されます。 D群(要精密検査)…ピロリ菌の抗体は陰性でも、胃粘膜が高度に萎縮しています。過去の感染・除菌後のケースも含まれます。特にリスクが高いグループで、早急な胃カメラが必要です。
健診でB〜D群と判定された方は、まず胃カメラ(内視鏡検査)を受けることが大切です。「A群(異常なし)」と言われた方も、定期的な健診を継続しましょう。
💡 健診の結果をお持ちの方は、ぜひ当院にご相談ください。結果の内容にもとづいて、次のステップ(胃カメラの必要性・除菌の適応など)をご説明します。
5. ピロリ菌検査の保険適用について
ピロリ菌の検査・除菌治療は、次の条件に当てはまる場合に健康保険が適用されます。
✅ 保険が適用される主な場合 ① 内視鏡または造影検査で胃潰瘍・十二指腸潰瘍と確定診断された方 ② 胃MALTリンパ腫と診断された方 ③ 特発性血小板減少性紫斑病と診断された方 ④ 早期胃がんに対して内視鏡治療(ESD/EMR)を受けた方 ⑤ 内視鏡検査で慢性胃炎(ピロリ感染胃炎)と確定診断された方
これらのいずれかに該当する場合、検査・除菌治療ともに保険適用で行えます。健診でピロリ菌陽性と指摘された方でも、まず胃カメラで胃炎の確認をすることで保険適用になります。詳しくはご相談ください。
6. なぜ内視鏡検査(胃カメラ)が必要なの?
ピロリ菌に感染していると、必ず慢性胃炎が起きており、胃がんや潰瘍などがすでに存在している可能性があります。除菌の前にまず胃カメラで胃の状態を確認することが、日本のガイドラインで推奨されています。
胃カメラを行う主な理由は次のとおりです。
▶ 胃がん・潰瘍などがないかを確認するため ▶ 内視鏡でピロリ菌感染に特徴的な胃炎の所見を確認し、保険適用の根拠とするため ▶ 胃の萎縮の程度を把握し、除菌後の経過観察方針を決めるため
💡 「胃カメラが苦手…」という方には、鎮静剤を使った鎮静内視鏡も対応しています。詳しくは下のリンクをご覧ください。
7. 除菌の対象となる方は?
内視鏡でピロリ感染に関連する胃炎や病気が確認され、かつピロリ菌感染の検査で陽性(感染あり)と判定された方が、除菌治療の対象となります。
感染が確認されたら、積極的に除菌治療を受けることをお勧めします。除菌することで、胃潰瘍の再発予防・胃がんリスクの低減など多くのメリットが期待できます。
8. 除菌するとどんな良いことがあるの?
ピロリ菌を除菌すると、胃や十二指腸の病気が起こりにくくなったり、再発しにくくなったりします。ガイドラインでも感染が判明した場合は積極的な除菌が推奨されています。
📊 除菌で期待できる主なメリット(エビデンスより) ① 胃潰瘍・十二指腸潰瘍の再発が数%に減少します(再発率が大幅に下がります) ② 胃の過形成性ポリープは、除菌後に消失・縮小することが多いです ③ 胃がんのリスクが約1/2〜1/3に低下することが複数の研究で示されています(国立がん研究センター等) ④ 機能性ディスペプシア(胃もたれ・みぞおちの痛みなど)が改善する場合があります ⑤ ピロリ菌感染に関連した鉄欠乏性貧血・慢性蕁麻疹が改善することがあります
⚠️ 除菌に成功しても、胃がんや潰瘍のリスクがゼロになるわけではありません。除菌前にすでに胃粘膜に萎縮や変化が起きている場合、そのリスクは完全には戻りません。除菌後も定期的な内視鏡検査を続けることが大切です。
9. 除菌の方法は?
除菌治療は、「胃酸を抑える薬(タケキャブ®などのP-CAB、またはPPI)」と「2種類の抗菌薬(抗生物質)」の計3剤を、1週間服用する方法です。
2024年に改訂された日本ヘリコバクター学会のガイドラインでは、従来のPPIよりも強力に胃酸を抑えられるP-CAB(ボノプラザン)をベースにした治療が第一選択として推奨されています。
1次除菌 成功率 約80〜90%以上
P-CAB(またはPPI)+アモキシシリン+クラリスロマイシン、1週間服用
2次除菌 1・2次合計で約99%以上
1次で除菌できなかった場合、抗菌薬の種類を変えた3剤を1週間服用
⚠️ 除菌薬服用中は、飲み忘れをしないことが大切です。薬を途中でやめると除菌が失敗し、抗菌薬が効きにくい耐性菌が生じることがあります。副作用(下痢・軟便・口の中の苦み・味覚変化など)が気になる場合は、無断で中止せずご相談ください。
10. 除菌できたかどうか、どう確認するの?
除菌が成功したかどうかは、除菌薬を飲み終えてから一定期間後に確認検査を行います。早すぎると正確な判定ができません。
当院では主に便中抗原検査(便を採取して調べる方法)を用い、服薬終了後8週間程度を目安に実施しています。便中抗原検査は胃薬の影響を受けるため、十分な期間をおいてから検査することが正確な判定につながります。
⚠️ 便中抗原検査は胃薬(P-CAB・PPIなど)の影響を受けます。除菌薬の服用が終わっていても、他の胃薬を継続して飲んでいる場合は結果に影響が出ることがあります。検査前に必ずお申し出ください。
11. 除菌後はどうなるの?
除菌に成功した後の再感染率は非常に低く(年間1%未満)、一度成功すれば多くの場合はピロリ菌に再び感染することはありません。
しかし、除菌しても胃がんのリスクがゼロになるわけではありません。除菌前に胃の粘膜に萎縮(薄くなること)や腸上皮化生(腸のような組織への変化)が起きていると、そのリスクは残り続けます。
📌 除菌後に大切なこと ▶ 定期的な胃内視鏡検査(胃カメラ)を継続してください。除菌後も年に1回程度の内視鏡検査が推奨されています。 ▶ 除菌後5年以内は、除菌前に潜んでいた小さながんが発見されることもあります。とくに初期の数年は定期的な確認が重要です。 ▶ 胃の萎縮が強い方や食道裂孔ヘルニアのある方は、除菌後に逆流性食道炎が起きやすくなることがあります。症状が出た場合はご相談ください。 ▶ 塩分の摂り過ぎ・喫煙など、ピロリ菌以外の胃がんリスクにも引き続き注意しましょう。
12. よくある質問(FAQ)
Q健診でピロリ菌陽性と言われました。すぐに除菌できますか?
A健診の結果だけではすぐに保険で除菌はできません。まず胃カメラ(内視鏡検査)で胃炎の確認を行い、そのうえでピロリ菌の検査が陽性であれば保険適用で除菌治療が受けられます。健診でご指摘を受けた方は、お気軽にご相談ください。
Q胃カメラが怖くて受けたくないのですが…
A当院では鎮静剤を使った胃カメラ(鎮静内視鏡)にも対応しています。「以前の胃カメラがつらかった」という方はお気軽にご相談ください。詳しくは「鎮静内視鏡」ページをご覧ください。
Q除菌に失敗したらどうなりますか?
A1回目(1次除菌)で成功しなかった場合は、抗菌薬を変えた2次除菌を保険適用で行えます。1次・2次を合わせると、99%以上の方が除菌に成功するとされています。2次除菌でも成功しなかった場合は、自費診療となりますが3次除菌に進むことも可能です。ご相談ください。
Q除菌薬を飲んでいる間、注意することはありますか?
A最も大切なのは飲み忘れをしないことです。飲み忘れがあると除菌が失敗しやすく、抗菌薬が効きにくい「耐性菌」が生まれるリスクがあります。副作用(下痢・軟便・味覚の変化・口の苦み・発疹など)が出た場合は、自己判断で中止せずに医師にご相談ください。また、服用中はアルコールは控えることをお勧めします(特にメトロニダゾールを含む2次除菌薬との組み合わせは避けてください)。
Q除菌後、胃がんにならないか心配です。
A除菌により胃がんのリスクは大幅に低下しますが、ゼロにはなりません。特に胃の粘膜に萎縮が起きている方は、除菌後も胃がんが発生することがあります(「除菌後胃がん」と呼ばれます)。そのため、除菌後も年1回程度の定期的な胃カメラが推奨されています。継続した経過観察が重要です。
Q家族がピロリ菌陽性でした。家族内感染が心配です。
Aピロリ菌は主に幼少期に家族内で感染します。ご家族にピロリ菌感染者がいる場合、他の家族も感染している可能性があります。特にご両親や兄弟が陽性の場合は、一度検査を受けることをお勧めします。成人してからの感染(再感染)は極めてまれです。
Q胃薬を飲んでいますが、ピロリ菌の検査はできますか?
A胃酸を抑える薬(PPI・P-CABなど)を服用中の場合、尿素呼気試験・迅速ウレアーゼ試験などの検査が正確に行えないことがあります。2024年改訂ガイドラインでは、これらの薬を少なくとも2週間休薬したうえでの検査が推奨されています(休薬が難しい場合は別の方法を選択します)。お薬手帳などをご持参の上、受診時にご相談ください。
13. 関連ページ・受診のご案内
ピロリ菌の診断・除菌に関連した当院の各ページをご案内します。
監修・執筆
前川 直志(まえがわ ただし)
🏥 前川内科 院長 ✅ 日本消化器病学会 専門医 ✅ 日本消化器内視鏡学会 専門医
当院では内視鏡検査・消化器疾患の診療を真摯に行っています。「胃カメラが怖い」「健診でピロリ菌を指摘された」など、どんな些細なことでも遠慮なくご相談ください。患者さんお一人おひとりに丁寧に向き合い、安心して受診いただけるよう努めています。








